緑の系譜人をつなぐ緑
緑の系譜

1924年の国際都市会議から、壮大なスケールの大緑地計画を経て、そしていま、公園都市「光が丘」として、
その想いが結実。この街には、緑と人をつなぐ、豊かな歴史が息づいています。

※練馬区提供写真 ※小金井は写真範囲外のため表示されておりません。

今から約90年前に立案された、7つの「東京緑地帯計画」。

1924年に開催された「アムステルダム国際都市会議」において注目されたのが、都市の外周にグリーンベルトを整備する計画論。それを受け日本でも、現在の23区に相当する東京市の外周に環状緑地帯(グリーンベルト/約962,059ha)を設置する「東京緑地計画」が立案されました。その一貫として盛り込まれたのが、「大泉大緑地計画」。しかし、不幸にも世界情勢の悪化により、7つの計画中唯一軍事施設へと計画変更された幻の緑地となりました。

陸軍飛行場〜占領下の「グラントハイツ」と運命に翻弄された約30年の歴史。

1942年(昭和17年)、日本陸軍は帝都防空を目的に成増飛行場をこの地に建設。戦後になり同飛行場を接収した連合国軍は、この地にアメリカ陸軍家族宿舎「グラントハイツ」を建設しました。その後1973年(昭和48年)に全面返還されるまでの約30年の間、米軍の管理する施設としてこのエリアに存在。広々とした芝生の敷地のなか、緑と暮らしが共存する光景は、憧れの暮らしの象徴として、緑への思いを一層高めるものとなりました。

※練馬区提供写真

※練馬区提供写真

航空写真

返還〜「緑と太陽のまち」を象徴する街へ。

1972年(昭和47年)の全面返還合意を受け、約180haもの広大な敷地の3分の1が緑の公園という壮大なまちづくりがスタート。都心10km圏内で最も遅くスタートしたニュータウン計画は、現代の多様な家族形態やライフスタイルに対応できる街として、今も緑と人を結びつけています。

光が丘公園(1,260m・徒歩16分)

世界がゼロエネルギー住宅へ。そして、日本でも。地球環境や未来まで見据えた、住まいの新しい時代へ。 

※掲載の環境写真は、平成29年9・10月に撮影したものです。※距離表示については「アリオンテラス光が丘」の現地からの地図上の概測距離を、徒歩分数表示については80mを1分として算出(端数切り上げ)したものです。※掲載の航空写真は、平成29年7月に撮影したものです。また、一部CG処理をしております。※表示内容は、平成29年7月の調査時点のものです。※掲載の絵図・写真などの無断転載を禁じます。

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現地案内図
「アリオンテラス光が丘」プロジェクト 0120-553153