新築・分譲マンション「公式」ライオンズ伏見桃山 指月城の秀吉幻の名城「指月城」|京都市伏見区「伏見桃山」駅徒歩10分・「桃山御陵前」駅徒歩9分

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平安貴族の別荘地として拓かれた、観月の名所。絢爛の歴史に彩られた指月の地。平安貴族の別荘地として拓かれた、観月の名所。
絢爛の歴史に彩られた指月の地。

“幻の城”であった 指月城跡地に誕生する「ライオンズ伏見桃山 指月城」。太閤秀吉が終の棲家に選んだ地は、奈良、平安の貴族たちが羨望した風光を今に伝える。幻の城”であった 指月城跡地に誕生する「ライオンズ伏見桃山 指月城」。太閤秀吉が終の棲家に選んだ地は、奈良、平安の貴族たちが羨望した風光を今に伝える。

平安の貴族文化に華ぐ、観月の絶景地、指月の丘。平安の貴族文化に華ぐ、
観月の絶景地、指月の丘。

しだれ桜 image photo
万葉歌集にも風光明媚な地として詠われた伏見桃山「指月(しげつ)の丘」。平安時代、藤原頼通(ふじわらのよりみち)の子で伏見長者と呼ばれた橘俊綱(たちばたのとしつな)が豪壮な山荘を営んだとされる観月の絶景地は、平安貴族の別荘地として歴史に登場しました。「宵の天空に光る月」「川面に映る月」「巨椋池(おぐらいけ)に揺れる月」「そして杯に浮かぶ月」の四つを称して〈四月=指月〉としたとされます。明治天皇も生前からこの土地(指月(しげつ)丘陵)を大変に気に入られていたと事で御陵地となり、現在も眺望絶景のポイントとなっています。

"万葉歌集にも風光明媚な地として詠われた伏見桃山「指月(しげつ)の丘」。平安時代、藤原頼通(ふじわらのよりみち)の子で伏見長者と呼ばれた橘俊綱(たちばたのとしつな)が豪壮な山荘を営んだとされる観月の絶景地は、平安貴族の別荘地として歴史に登場しました。「宵の天空に光る月」「川面に映る月」「巨椋池(おぐらいけ)に揺れる月」「そして杯に浮かぶ月」の四つを称して〈四月=指月〉としたとされます。明治天皇も生前からこの土地(指月(しげつ)丘陵)を大変に気に入られていたと事で御陵地となり、現在も眺望絶景のポイントとなっています。

歴史に残る「幻の城」太閤・秀吉が築いた終の棲家。歴史に残る「幻の城」
太閤・秀吉が築いた終の棲家。

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指月伏見城(しげつふしみじょう)は、豊臣秀吉が文禄の役(1592年)の後、隠居後の居城として指月(しげつ)の地に築城したのが始まりとされています。京都、大阪を結ぶ水運の要衝地であったことに加え、平安期から名月の絶景地として名を馳せた貴族の別荘地であった「指月(しげつ)の丘」に終の棲家を定めたのは、戦国期以来、築城の名手と謳われた秀吉の卓越した審美眼が感じられます。初代の指月城(しげつじょう)は完成の後、慶長伏見地震によって倒壊。指月(しげつ)の城は歴史とともに、その所在を隠すことになります。

指月城(しげつじょう)(指月伏見城(しげつふしみじょう))は、豊臣秀吉が文禄の役(1592年)の後、隠居後の居城として指月(しげつ)の地に築城したのが始まりとされています。京都、大阪を結ぶ水運の要衝地であったことに加え、平安期から名月の絶景地として名を馳せた貴族の別荘地であった「指月(しげつ)の丘」に終の棲家を定めたのは、戦国期以来、築城の名手と謳われた秀吉の卓越した審美眼が感じられます。初代の指月城(しげつじょう)は完成の後、慶長伏見地震によって倒壊。指月(しげつ)の城は歴史とともに、その所在を隠すことになります。

指月城下の風情を継ぐ穏やかな住環境が息づく地。指月城下の風情を継ぐ
穏やかな住環境が息づく地。

宇治川 image photo
豊臣秀吉は指月伏見城(しげつふしみじょう)の築城に際して、指月伏見城(しげつふしみじょう)下では、武家屋敷、寺社、町家、道路が整備されるなど、町割や開発が急速に進み、全国各地の大名が集結し巨大な城下町を形成しました。文物の流通と水運に恵まれた景勝の地は、武家ばかりでなく、商工人の生活の場としておおいに賑わい、京での絢爛な桃山文化を発信する拠点として発展しました。その風情は今も面影を残し、京の奥座敷といわれる地にふさわしい住環境とともに歴史の気風を保っています。

豊臣秀吉は指月伏見城(しげつふしみじょう)の築城に際して、指月伏見城(しげつふしみじょう)下では、武家屋敷、寺社、町家、道路が整備されるなど、町割や開発が急速に進み、全国各地の大名が集結し巨大な城下町を形成しました。文物の流通と水運に恵まれた景勝の地は、武家ばかりでなく、商工人の生活の場としておおいに賑わい、京での絢爛な桃山文化を発信する拠点として発展しました。その風情は今も面影を残し、京の奥座敷といわれる地にふさわしい住環境とともに歴史の気風を保っています。

「ライオンズ伏見桃山 指月城」建設地で発見された指月城の遺構。/ 遺跡の発掘調査の様子

「ライオンズ伏見桃山 指月城」
建設地で発見された指月城の遺構。

2015年4月から3ヶ月に渡って、埋蔵文化財の発掘調査が行われました。その結果「幻の城」といわれた指月城の遺構が発見されました。長さ35m以上におよぶ石垣や堀跡、秀吉ゆかりの桐の紋が施された金箔瓦が大量に出土。これまで実在が確認できなかった指月城(しげつじょう)の存在を明らかにするきわめて重要な発見でした。

※掲載の写真は、現地周辺を撮影したものに一部CG処理をしております。(2015年4月撮影)
※掲載の絵図・写真・間取り図などの無断転載を禁じます。

観月橋団地再活性プロジェクト
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