新築・分譲マンション「公式」ライオンズ伏見桃山 指月城の秀吉幻の名城「指月城」|京都市伏見区「伏見桃山」駅徒歩10分・「桃山御陵前」駅徒歩9分

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太閤秀吉が終の棲家と定め、天下を見晴らした指月城。太閤秀吉が終の棲家と定め、天下を見晴らした指月城。

建設地より出土した
金箔桐文軒丸瓦建設地より出土した
金箔桐文軒丸瓦

建設地より出土した
金箔桐文軒丸瓦

豊臣家の家紋である「五七桐」が認められ、秀吉の時代に特徴的な図案部分に金箔が施された軒丸瓦。指月城の天守など主要施設に用いられたと考えられます。

豊臣家の家紋である「五七桐」が認められ、秀吉の時代に特徴的な図案部分に金箔が施された軒丸瓦。指月城の天守など主要施設に用いられたと考えられます。

歴史に残る「幻の城」太閤秀吉が築いた終の棲家。歴史に残る「幻の城」
太閤・秀吉が築いた終の棲家。

指月城とは、豊臣秀吉が文禄の役(1592年)の後、隠居後の住まいとして指月の地に築城した最初の伏見城をいいます。戦国期以来、長浜城、姫路城など軍略・築城の名手と謳われた秀吉が“太閤として天下に魅せる居城”を築くに
相応しい地に定めたといわれます。慶長伏見地震によって倒壊し後に
近隣の木幡山に移城。それ以降、初代伏見城である指月城は、「幻の城」と称される
ことになります。

指月城とは、豊臣秀吉が文禄の役(1592年)の後、隠居後の住まいとして 指月の地に築城した最初の伏見城をいいます。戦国期以来、長浜城、姫路城など 軍略・築城の名手と謳われた秀吉が“太閤として天下に魅せる居城”を築くに 相応しい地に定めたといわれます。慶長伏見地震によって倒壊し後に 近隣の木幡山に移城。それ以降、初代伏見城である指月城は、「幻の城」と称される ことになります。

平成の発掘調査でその存在が明らかになった、幻の名城。

平成の発掘調査でその存在が明らかになった、幻の名城。

2015年(平成27年)「ライオンズ伏見桃山 指月城」の建設地での埋蔵文化財の発掘調査が行われ、その結果「幻の城」と言われた指月城の遺構が発見されました。長さ35m以上におよぶ石垣や堀跡、秀吉ゆかりの桐の紋が施された五七桐文軒丸瓦片や唐草文軒平瓦片などの金箔瓦が大量に出土。これまで実在が確認できていなかった指月城の存在と明らかにする上で学術的にもきわめて重要な発見となりました。

平成の発掘調査でその存在が明らかになった、幻の名城。

※掲載の写真(2015年5月撮影)は一部CG処理をしております。※掲載写真部分イメージについても、実際のものとは多少異なります。※掲載の立地概念図は略図のため、省略されている道路等があります。※方位記号は若干誤差があります。

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